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第1話 近づく終焉

Auteur: スナオ
last update Dernière mise à jour: 2025-05-28 14:14:35

 一緒に風呂に入れと言われても、桜夜が四方院家から与えれている私邸の風呂場でそんなことをしようものならどうなるか。まちがいなくサイカとホムラがキレ出し、私邸が崩壊しかねない。だから無理な命令のはずだった。

 しかし四方院本邸にはあるのだ。訓練や戦闘のあとにすぐ入れるように貸しきり可能な入浴施設がいくつも。この池の近くにもある。噂では何人も池に落ちたことで作られたらしい。

「あー……わかったよ」

 かわいらしく桜夜の服を掴み、涙目で睨む少女に彼は降参した。

◆◆◆

 幸か不幸か空いていた入浴施設を施錠すると、2人はお互いに背中を向けながら服を脱いだ。先に脱ぎ終えた桜夜が、かけ湯をして湯船に浸かっているとリオもひたひたと近づいてきた。マナーとして桜夜はリオの方を見なかったが、リオもかけ湯をすると湯船に入り、自身の背中を桜夜の背中に預けた。

「気持ちいいですね」

「そうだな」

 しばらく沈黙が流れる。少女がぽつりと呟く。

「……わたくし、不安なんです」

「うん」

「あなた様が、今すぐにでもいなくなってしまうのではないかって」

「……」

 その言葉に何も返すことはできなかった。彼は今やいのちを狙われる身、そうでなくとも荒事に対応するのが彼の仕事だ。いつどうなるかなんて、約束できなかった。なんと言えばいいか、桜夜が悩んでいるとリオは桜夜を振り返り、背中から抱きついた。

「だから、わたくしにください。あなた様が、確かにここにいたという証を……」

 そこで桜夜はようやく気づいた。彼女が必死に駆け引きと誘惑を繰り返していたわけを。彼女は不安だったのだろう。その不安に気づけなかったことを口の中で謝ると、彼もまたリオを振り返り、その身体を優しく抱き締めるとまた唇を重ねた。少女は瞳を閉じた。そして頬に、一筋の涙がこぼれた。

◆◆◆

 宇宙のような場所で、光に対して黒いローブをまとった男が片ひざをついていた。男の名はケイオス。神殺しの槍をもつ男だ。

《ケイオス、不死にならんとする者に死を。情けは無用。すべては秩序のために》

 光が消えると、男は立ち上がり、ローブのフードを取った。その顔は、どこかサイカたち三姉妹と似ていた。

to be continued
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